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恋する存在
<9> 翔太は、アリサから言われた言葉で自分の心が乱されているのを感じた。アリサがあれほど自分のことを思っているということ。あれほど翔太のことを良く見て、そして心配しているということ。そのことに自分の気持ちが大きく動かされていることを感じた。翔太は自室で勉強机に向かったが、全く集中できなかった。 ふと時計を見ると、アリサと別れて家に帰ってきてから2時間も経っていた。ただ買い物をしてくるにしては、帰りが遅すぎる。 「ったく、あいつは何をやってるんだ。」 翔太は窓の外を見た。日が沈むまでにはまだ時間があるだろうが、西に傾いた太陽を曇り空が隠し、街は薄暗くなってきている。 「・・子供じゃあるまいし。俺は何を心配しているんだ。」 その時、翔太は窓ガラスに当たる水滴に気がついた。雨が降ってきたのだ。 降りだした雨を見て、翔太の不安はどんどん膨らんでいった。 アリサは傘を持っていないから、帰ってくる頃にはびしょ濡れかもしれない。一体いつになったら帰ってくるのだろう。いや、そもそもあんな告白をして、もう帰ってこないつもりなのかもしれない・・・。 翔太は自室を飛び出し、傘を持って玄関の外に出た。 翔太はアリサを探しながら、スーパーに向かった。しかし、スーパーに着いて中を探しても、アリサは居ない。 「あいつ、どこに行ったんだ?」 まさか、まだ公園に居るんだろうか。翔太は公園へと向かった。 アリサから告白されたことや言われたことは、もうどうでも良かった。とにかく今は、アリサを探して家につれて帰らなくてはならない。もしもアリサが家に帰って来れず、失踪してしまったら・・・。そう考えると、翔太は胸が苦しくなった。 翔太のアリサへの思い、それは恋心ではなかった。ただ翔太は、アリサのことが心配だった。アリサは、そう、アリサはもう翔太にとってかけがえの無い家族だった。 公園に着いた翔太はアリサを探した。 池のカモは雨宿りのために巣に避難している。ブランコにも人影は無い。公園中を探し回ったが、やはりアリサは居ない。翔太は公園の入り口にある花屋の店員に、ロボットを見なかったか尋ねた。すると店員は、数十分前に公園から出て行くアリサを見たといった。 翔太はアリサを探しに、また家の方向に走り出した。雨は強く降っていて、傘なんてもう意味が無いほどに翔太はびしょ濡れだった。翔太はアリサが行きそうな場所を思い浮かべるが、普段はスーパーと家を行き来しているだけのアリサが行きそうな場所は、思い浮かばなかった。いったいどこに行ったんだ・・。こんなことならアリサに位置情報がわかる発信機を持たせておけば良かった。 翔太はとにかく走り回ってアリサを探した。しかし、アリサを見つけることができず、諦めていったん家に戻ることにした。 翔太が家に戻ってくると、玄関のドアの前に人影があった。アリサだ。アリサは玄関に向かって、ただぼうっと雨に打たれていた。中に入ることをためらっているようだ。 「アリサ・・」 翔太が後ろから声をかけると、アリサは驚いて振り向き、一瞬バランスを崩して転びそうになった。そんな風にバランスを崩すアリサを見るのは初めてだった。 「翔太さん、あの、私・・・」 「何やってるんだよ。こんなにびしょ濡れになって・・・。早く中に入るぞ。」 翔太はアリサの腕を引いて家の中に入った。アリサを玄関に待たせて、自分はバスタオルを取りに行った。濡れた服を素早く着替えて2枚のバスタオルを持って戻ってきたとき、アリサは、玄関の上がりかまちにドアの方を向いて座っていた。翔太は、水を滴らせてうつむいているアリサの後ろ姿に、バスタオルを差し出した。 「いくら防水だって言っても、お前はロボットなんだから。雨に当たるなんて危険すぎるだろ。」 アリサは翔太の方をちらりと見てバスタオルを受け取った。 「・・翔太さんだってびしょ濡れですよ。」 「・・俺は人間だから大丈夫だよ。体の6割は水でできてる。」 翔太は、自分は人間でアリサはロボットだと強調するようなことを、ほとんど無意識のうちに言ってしまっていた。 「・・・でも、風邪ひくかもしれません・・・。」 アリサはそう言って、バスタオルで顔を覆うように拭いた。 「まあ、それはそうだな。」 翔太もアリサの隣に座り、自分の髪の毛を拭きながらアリサに聞いた。 「何やってたんだよ。雨の中に立ったまま居るなんて。」 「なんだか、雨に打たれたい気分だったんです。」 まるで人間みたいなことを言う。いや、アリサの心は人間と何ら変わりは無いのだ。そういう気分になることもあるだろう。 「それで、雨に打たれてどんな気分だった?」 「・・なんだか、情けなくなりました。」 「そう・・・人間らしい自然な感想だな。」 翔太のその言葉に、アリサは今にも泣きだしそうな顔をした。きっと、泣きそうなほどに嬉しいのだろう。涙が出ることは無いけれど。 「翔太さん、私のこと探してくれたんですか?」 「・・ああ。帰りが遅いから、心配したよ。」 「・・ありがとう御座います。・・嬉しいです。」 翔太はバスタオルで髪を拭きながら言った。 「アリサ、ちょっと聞いてくれ。」 翔太の真剣な声に、アリサは翔太の方を見た。 「お前はロボットで、俺は人間だ。だからアリサの気持ちに答えることはできない。」 翔太はアリサの方は見ずにぶっきらぼうな感じで言った。 「・・けど、アリサは、俺にとって大切な家族なんだ。」 だから、心配かけるな。と翔太は言った。 翔太は、自分の言葉に恥ずかしくなった。アリサはロボットだ。それを家族だなんて。しかし、そう言われて喜んでいるアリサを見て、翔太は自分も嬉しい気持ちになっていることを感じていた。 「嬉しいです。私、嬉しいです。」 アリサは両手で顔を覆った。 ロボットだから涙なんて出ないのに、そう思った次の瞬間、アリサの顔を横目で見ていた翔太は、自分の目を疑った。 アリサの頬を、涙の雫が伝ったのだ。 「アリサ、お前・・」 「あれ、私どうしたんだろう。目から水滴が溢れてきます。あれれ、どうしたんだろう。」 アリサは何度拭っても溢れてくる涙に戸惑っていた。 「翔太さん、私どうしたんでしょう。・・・私、涙が・・。あれれ。」 いくら感情が人間に近くても、ロボットが涙を流すなんて・・。そんなことが起これば、まさに奇跡だった。 しかし、確かにアリサの両目から、涙の雫が溢れてきていた。涙を流す聖母マリア像のように、アリサの身に奇跡が起きているのだろうか。 「まさか、私が人間になりたいって思ったから?だから体も人間らしくなってきたの・・?」 「そんな・・・あっ!」 いや、やっぱり奇跡なんかじゃない。翔太はアリサの涙の原因に思い当たった。 「どうしよう。それはきっと涙じゃなくて・・・」 ピィーーーーーー・・・・ エラー。エラー。 アリサから電子的な音が響いた。瞬間、アリサは動きを停止した・・。 つづく 前へ 次へ |