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恋する存在
<10> 雨水が体内に入ったアリサは、エラーを起こして壊れてしまった。 「それで、アリサは直るの?」 パソコンの中の父親に向かって翔太は聞いた。アリサは修理のために翔太の父親が居る研究所に送られたのだ。 「浸水した部分は新しいパーツを入れるよ。記憶も壊れているけど、毎日こっちに送られてきていたデータから復元できる。」 「そうか、直るんだね。・・良かった。」 「ただ、壊れた当日の記憶はもう元には戻らないな。いや、残念だなあ。雨に打たれる気分が消えてしまったのは。」 「雨に打たれたい気分にはならないようにしなくちゃ。その度にアリサは壊れてしまう。」 「いや、それは防水を強化することでカバーするよ。・・・ところで、アリサの恋する気持ちなんだけど。記憶を修復する時に恋心だけは消すことも可能だと思う。どうする?」 「そう。・・・うん。消してあげて。人間に恋する気持ちなんて無い方がいい。」 「そうかあ、それももったいないんだけどなあ。」 翔太の父親は、本当に残念そうな声を出した。 翔太は、父親に言おうと思っていたことを、一つ深呼吸をしてから言った。 「父さん、今度はいつ帰って来れる?」 そんな言葉、簡単に言ってしまえることなのに、翔太の心臓は自分でも呆れてしまうほどに高鳴っていた。 「ん、今やってるプロジェクトの進行具合によるけど、来月には少し暇ができるかな。」 「・・・じゃあさ、来月の俺の誕生日に、帰って来れないかな。」 自分から行動しなくてはならない。気持ちも、言葉にしなければ伝わらない。翔太はアリサから言われたことを思い出して、勇気を振り絞った。翔太のドキドキはさらに強くなっていた。自分の誕生日なんて父親は覚えていないだろうが、もしかしたらちょうど休みが取れるかもしれない。そんな期待を翔太は持っていた。 「わかった。14日だったな。確かなことは言えないけど、帰れるように頑張ってみるよ。」 14日、父親がそう言った。誕生日を覚えていてくれたのだ。それだけで翔太は、とても嬉しくなってしまった。 「まあ、帰って来られないなら、無理しなくていいよ。」 自然とトーンの高くなった翔太の声に、ディスプレイの中の父親は笑顔を返した。 数週間後、アリサが家に戻ってきた。 「久しぶりです。ご迷惑かけてすいませんでした。」 「もう大丈夫なのか?記憶とかもちゃんと戻ったのか。」 翔太の問いかけに、アリサは笑顔で答えた。 「はい、壊れてしまった記録分はバックアップのデータで補ったそうです。」 アリサは直った。ただし、自分への恋心をのぞいて。・・そう思って翔太は、少し寂しい感じがした。しかし、これで良かったのだと思う。 「そうか。良かった。ちゃんとアリサが直って戻ってきてくれて。」 「あのー、それからですね。・・翔太さんのお父さんから、伝言があります。」 「え、何?」 アリサは急にうつむいて言いにくそうにした。そして、意を決したように翔太の顔を見て言った。 「・・・『翔太への恋心は、やっぱり残しておく』・・だそうです。」 そう言ってアリサは顔を赤らめた。 ・・気のせいじゃない、アリサの顔が確かに赤くなっている。きっと父親が、修理するついでにこんな余計な機能を追加したのだ。 「あの、私、すいません。覚えてないんですけど・・翔太さんに告白してしまったそうで・・・。」 しかも、アリサが告白した当日のことも、父親は話して伝えたのだった。 翔太は確信した。やっぱり、あの父親はこの事態を楽しんでいる。 「・・そう。じゃあ、本当に元のままなんだ。」 「はい。そういうことです・・・。」 なんだか気まずい雰囲気になった。しかし翔太は、なぜだか少しほっとした気持ちになっていた。一瞬の沈黙の後、翔太はふと気が付いて時計を見た。 「・・あ、もうこんな時間だ。俺、そろそろ行ってくる。」 「行ってくるって、どこにですか?」 「学校。」 翔太の言葉に、アリサは一瞬考えを巡らせてから言った。 「今日は定期テストですか?」 「いいや、アリサが居なくなってから、毎日ちゃんと学校に行くことにしたんだ。」 「え?どうしてですか?」 アリサはきょとんとした顔をした。翔太はなんだか照れてしまった。 「ああ。ほら、一人だから暇だったし。・・あ、ほんとにもう行かなきゃ、遅刻しちゃう。」 「あ、はい。行ってらっしゃい。」 「おう、行ってきます。」 玄関先までアリサに見送られて、翔太は靴をはいた。そして玄関のドアを開けたところで、翔太は振り返った。開けたドアの隙間から外の光が家の中に入ってきて、アリサを照らしている。 「そうだ。」 翔太は、深く息を吸ってから真っ直ぐにアリサを見た。 「・・・アリサ、お帰りなさい。」 翔太の言葉に、アリサは笑顔で、ただいま、と応えた。 おわり 前へ |