恋する存在  <6>




「今日はアリサが海鮮料理を作ってくれたよ。懸賞で食材が当たったんだ。」

 毎晩の日課である父親との対話。翔太は今日あったことを父親に伝えた。

「なんだか最近はアリサの話ばっかりするな。」
「そんなの、他に何も話すことが無いからだよ。」

 からかうように言った父親の言葉に、翔太は少しむきになって言い返した。しかし、実際に翔太の生活は常にアリサと共にあるようなものだった。

「ただ、今日ちょっと気になったことがあってさ。」
「ん、なんだ。」
「アリサが、食事している時に『人間になりたい』って言ったんだよね。私も人間になりたいって。」
「・・そうか。まあ、自律思考型ロボットなら誰もが考えることだろうな。」
「どうしたらいいかな。俺、そんなアリサになんて言っていいかわからなかったんだ。」
「それは、アリサが自分で解決しなきゃいけない問題だろう。自分をロボットだと認めて、ロボットとしてどう生きるかを考える。しかし、それは私達が思っているほど難しいことでは無いよ。人間が人間として生きることを考えるのと同じように、ロボットもロボットとして生きることを自然と考えられるようになる。」
「そうなのかなあ・・。」

 翔太は考えた。自分がもしもロボットだとしたらどうだろう。自分はロボットなのだから仕方ない。ロボットとしての幸せを考えようと、そう素直に前向きに生きることが出来るだろうか。しかし、天才的なロボット開発者である父親が大丈夫と言うなら大丈夫だろうか・・。

「・・それよりもちょっと気になることがあるんだが・・。」

 翔太の思考を中断するように、父親がそう言った。

「気になること?何?」
「あー、翔太は他に何か気になることは無かったか?アリサの言動や行動で。」
「・・そうだなあ。・・これは俺の気のせいかもしれないんだけど・・。」
「なんだ?」

 翔太はアリサの今日の行動、翔太の着替えを見て照れる様子や、翔太が美味しそうに料理を食べているのが嬉しいとか、そういうところを父親に報告した。

「アリサから、思われてるっていうか・・・。いや、それは家族として当然なのかもしれないけど、反応がなんか女の子っぽいって言うか、そういう目で俺のことを見ているような気がするんだよね・・。」

 翔太の話を聞いて、父親は感心するように言った。

「ほう。・・そうか。」
「いや、もちろん俺の気のせいかもしれないけどね。ロボットが人に恋をするなんて。」

 翔太は、自分の言ったことに恥ずかしくなってそんな言葉を付け足した。それに対して、父親はにやにやと笑みを浮かべながら言った。

「いや、間違ってないよ。お前はけっこう鋭いんだな。それくらい相手の気持ちに敏感なら、お前はきっと女の子からモテるだろう・・。」

 そして翔太の父親は、一つ咳払いをしてから真剣な表情に戻って話を続けた。

「まあ、それは置いておいておくとして・・。実はそれが今、私達も懸念していることなんだ。」
「どういうこと?」
「実は最近の研究で、『恋するロボット症候群』という事例が紹介されている・・。」


 翔太の父親が説明するところによると、自律思考型のロボットは主人に好意を持つようにプログラムされているらしい。それはロボットの精神衛生上、嫌いな相手に仕えることは苦痛となり良くないためである。しかし、時にその好意が、原因はいろいろな説があるらしいが、何らかの理由で過剰になってしまうことがあるらしい。それを、「恋するロボット症候群」と名づけているそうだ。

「じゃあ、アリサは本当に俺に恋をしているの?」
「ああ、そうだ。アリサから送られてきたデータに最近その兆候が見えていたので、気にしていたんだ。」
「・・・じゃあ、どうするの?このままじゃまずいだろ。」
「まあ、この症状は改善されなくてはならないな。絶対に叶わない恋なんてしない方が良い。・・しかし、現段階では症例も少ないし、その悪影響がどういったものかということもわかっていない。私達、開発者の側としては、このまま様子を見ようかと思っているんだ。」
「このままって、アリサが俺に恋をしたままで過ごせってこと?」
「ああ、そういうことだ。まあ、別に好かれても悪い気はしないだろ。今まで通りにアリサと接してやってくれ。」

 そんな無責任な。翔太は思った。正直、相手が自分に恋をしているなんてわかったら、こっちだって意識してしまう。・・・そんな、ロボットのことを意識してしまうなんて、恥ずかしくて言えないが・・。

「わかったよ。今まで通りに過ごせばいいんだね。」
「まあ、よろしく頼むよ。」

 翔太には、父親がこの事態を楽しんでいるような気がしてならなかった。だとしたら、本当にいい加減にして欲しい。



つづく

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