恋する存在  <4>


 
「あの、翔太さん。ちょっといいですか。」

 ある日の夕食の時に、アリサはそう言って翔太の向かいのイスに座った。アリサはもちろん食事をする必要は無いため、翔太が食卓でご飯を食べている時には他の仕事をしたり、何も無い時は本を読んだりしている。
 こうやって食事中に話し掛けてくることは珍しいなと翔太は思った。

「どうした?」
「あの、実はちょっとお願いがあるんですけど。」

 アリサが翔太にお願いをすることなんて滅多に無い。しかも、こんなにあらたまって言いにくそうにしているアリサは初めてだ。

「何?」
「あの、この家って、私が来るまでは家事ロボットを使っていたんですよね。」
「うん、そうだけど。」
「それって、まだ家にありますか?」

 翔太は物置の中にロボットをしまっていることを思い出した。アリサが来てからは使っていなかったが、まだ問題なく動くはずだ。それを教えるとアリサは、うつむき加減にとても申し訳なさそうに言った。

「・・・あの、これからはそれ使ったらダメですかね?」

 アリサは、話し方や感情の表現も上手くなり、最近とても人間らしくなってきた。周囲の物体の把握や地面の凹凸を計算する能力など、行動時に必要となる思考回路も発達してきたため、動きも徐々にスムーズになってきている。
 徐々に人間らしくなってきたアリサは、やっとサボることを覚えたようだ。

「ああ、いいんじゃない?俺は構わないよ。」
「やった。ありがとう御座います。私、掃除は苦手なんですよね。」

 そう言って喜ぶアリサを見ながら、翔太は自分が本物の人間と接しているのと何ら変わらない気持ちを持っていることに気が付いた。

 翔太は、自分が確実にアリサを家族として認識し始めていることを感じた。家事を変わりにやってくれるだけじゃなく、家族の一員として傍に居てくれる。それがアリサの本当の役割なのだということを、翔太はあらためて実感した。


 家事の一部をロボットに分担させてから、アリサには自由にできる時間が増えた。そのため必然的に、アリサと翔太が一緒に過ごす時間が長くなった。

「翔太さん、この前借りていた本返しますね。」
「おう、どうだった?」
「どの話も面白かったです。そうだったんだぁって唸らせるような仕掛けがしてあって。」
「やっぱりこの作家は短編が上手いよね。驚くような工夫がされていて、その上感動させられてしまう。」
「一番好きなのは、二番目に載ってる話です。最後の一行が凄くいいですね。」
「あの、『僕は、そう信じている。』ってやつね。」

 最近アリサは、翔太の好きなものに興味を持ち始めた。音楽とか、小説とか。よく翔太の部屋に来ては、翔太から本を借りたり、翔太と一緒に音楽を聴いたりしていた。

「また、何かいい本貸してくれませんか?最近だんだん読むペースも速くなってきたんですよ。」
「おう。どれがいいかな。」

 アリサは、データ化された文章は一瞬で記憶することができるのにも関わらず、小説を一文字一文字目で追って読んでいる。
 読みながら記憶するのはデータを保存するのとは違い、意味を理解しながら文字を読み進めていくことで、自分の心でいろいろなことを感じ取ることができる。本をデータとして記録するのではなく、読むということにより、アリサは感受性を高めているのだった。

 翔太は自分の蔵書の中から、アリサに合いそうな本を探した。といっても、前までならある程度意味のわかりやすい本を選んでいたが、今ではアリサは、普通の人と同じように本を読めるようになった。

「これなんかどうだろう。」

 翔太は本棚から、少し前に読んだ青春ものの本を取り出した。

「けっこう感動させられるんだよ。」
「ありがとう御座います。お借りしますね。」

 そう言って部屋を出て行くアリサを見ながら、翔太は自分に言い聞かせた。アリサはロボットだ。人間に近いし、人間と何ら変わり無く接することができるけれど、ロボットだと。

 話をするということに関しては、アリサはもう普通の人間と何ら変わり無かった。知識が豊富で、観察力も高いため、翔太の良い話相手となっていた。
 最近、翔太はそんなアリサと話をしていて、アリサがロボットだということを忘れる瞬間があった。アリサはロボットとは言っても、実際にはほとんど人間と変わらなくなってきているので、それでも何の問題も無いはずであった。

 しかし、翔太は、時々彼女がロボットであるということを自分自身に言い聞かせた。
 そうやって繰返し自分に言い聞かせなくては、アリサがロボットだということを忘れてしまいそうな気がする。

 翔太は、なぜかそのことが怖かったのだ。


つづく

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