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恋する存在
<3> 「アリサの調子はどうだ?」 お互いの生活に関して特に伝えるべきニュースが無いことを確認しあった後、翔太の父親は翔太に尋ねた。 夜ご飯を食べ終えた後の父親との通信は、翔太の日課になっていた。 「そんなの、送られてきたデータは見てるんでしょ?」 翔太は、パソコンの画面上に映し出された父親に向かって言った。父親は今、アメリカの研究所で世界中から送られてくる自律思考型ロボットのテストデータを分析している。ロボットの試用は翔太の家だけではなく、同時に世界中で行われているらしい。アリサが世界中に何台も居ると思うと、なんだか不気味な気がした。 「送られてくるデータは一日一回、アリサの中に残ったその時点でのデータだけだ。だから実際にどんな生活を送っているのかまではわからない。だから、お前から見てアリサはどう見えるか、アリサがどんな日常を送っているのか聞きたいんだ。」 「・・・そうだな。最近は俺にいろいろ質問してきたりして、積極的に話し掛けてくるよ。家事が一段落ついたら必ず俺の部屋にくる。」 「そうか、良い傾向だな。」 ディスプレイの向こう側で、父親は満足気に言った。 「話し掛けてくるのは良い傾向なんだね。」 「ああ。今アリサは、いろいろなことに興味を持ち始め、実際に体験して情報を得るという作業に入っている。そうやって、元々アリサのインプットされている基本的な情報に加えて新しい情報を吸収していくことにより、アリサ自身の個性というものを形成していくのだ。それにより、完全な自律思考ロボットが完成するんだよ。」 「・・・ああ、そうか。」 アリサが時々見せる、フリーズしたように固まってしまう瞬間。最初の頃はほとんど見せなかったが、徐々にその回数が多くなり、最近はまた減ってきた。あれは、アリサの頭の中にある情報と回りから得た情報とを統合して、アリサ特有の思考回路を構築するという作業を行っているのだろう。 「それに、アリサを使う側としても、彼女からいろいろと話かけられたりすると面白いだろう。それこそが自律思考人間型ロボットの本当の役割なんだ。使用者の住人の一人になる可能性を秘めている。」 父親のその言葉に、翔太は、なるほどと思った。アリサが非合理的と思える人間型をしているのは、そのためなのだ。 確かに翔太のように一人で居る時間が長い人にとっては、アリサのような話相手が居るというのは素晴らしいことだと思う。アリサには、家事をするだけではなく、家族の一員としての役割も与えられているのだ。 実際に翔太は、アリサが来てから家に一人で居るという感覚は無くなり、安心感を覚えるようになっていた。 「今のところアリサは、俺の家族として十分な役割を担ってると思うよ。」 「そうか。それは、良かった。やっぱりアリサをお前に与えて正解だったな。」 本当の家族が傍に居れば、アリサみたいなロボットは必要ないのだろうけど。翔太はそんな皮肉を思いついたが、実際に口には出さなかった。今さら父親にそんなことを言っても、意味がないとわかっていたから。 翔太の父親は天才で、母親も優秀な学者だ。その血を受け継いだおかげか、翔太の成績は抜群に良い。 そのため翔太は、中学校の授業は物足りないと感じていたし、他の生徒と同じレベルで勉強しなくてはいけないことにうんざりしていた。すでに内容を十分理解していて、特に新たな発見を見出すこともできないような授業。小学校から中学校までの間、翔太はそんな授業を受けることが苦痛だった。 しかし、いくら授業が苦痛といっても、他の生徒だって感じていることだ。原因や程度の違いはあっても、ほとんどの生徒にとって授業は退屈でつまらないものだ。 だから、翔太も苦痛な授業を我慢して受けつづけていた。 そんな翔太が学校を休みがちになったのは、中学校に上がってからだった。 中学校に入ると、テストの結果が重視されるようになり、自分の成績にクラスメイト全員が一喜一憂するようになった。 そうなってから、クラスメイト達は翔太のことを意識するようになった。それ程努力しているようには見えない翔太が常に好成績を取ることから、翔太と自分達との違いを感じ始めたのだ。 ただでさえ成績の良い人間は僻まれることがある。それに加えて、翔太の家庭状況も僻みの理由になった。さらに、クラスメイトを見下しているような雰囲気を、翔太が自分自身で気が付かないうちに発していたのかもしれない。 あいつは、両親とも天才のサラブレッドだ。そのことを鼻にかけているいけ好かない奴だ。そんな風に見ている人間も多かった。 そのため、翔太は自然とクラスメイト達から距離を置かれるようになった。小学校の時は仲良くしていた友達も、徐々に翔太から離れていった。 そのうち、翔太はただ授業を受けるためだけに学校に来ているような形になり、どうせ受けても意味が無いような授業のために学校へ行くのが馬鹿馬鹿しくなったため、学校を休みがちになった。そして最終的には定期試験の日にしか学校に行かないようになった。 普段は学校に来ない翔太がテストでトップの成績を取っているということが、クラスメイト達と翔太との距離をさらに広げることになった。 翔太が学校に行かなくなったことを、父親も母親も知っていた。 二人が何を思って、どのような話し合いをしたのかは翔太にはわからなかったが、しばらくそっとしておこうという事で決まったらしい。どちらにしろ、今の二人には翔太に気を使う時間は無いのだ。 学校に行かないことくらい、なんてことは無い。その気になれば現時点で翔太は飛び級で大学を受験するくらいの学力は備えているし、今の時期の不登校なんて将来に何ら影響を与えるものではない。翔太の社会への適応能力が欠落しているのなら話は別だが、そうとも思えない。 ならば、今は様子を見ようということが翔太の両親が出した結論だったようだ。 そう、学校に行かなくても困ることはない。翔太自身もそう考えていた。いや、そう思うことにしていたのかもしれない。 アリサが言った、学校に行く目的。 学校は勉強だけを学ぶ場では無いということはわかっている。しかし、そうわかってはいても学校に行く気にはなれなかった。 つづく 前へ 次へ |