恋する存在  <2>



 翔太の父親は世界的に有名なロボット学者で、世界中を飛び回っている。母親も学者をしていてほとんど家にはいない。

 そのため家に一人で居ることが多い翔太のために、父親は自分が作ったアリサというロボットを翔太の所に送った。学習能力があり、自分で考えて行動できる、"完全自律思考型"ロボットだ。

 最近では、自律思考型ロボットも多くなってきているが、一般家庭でもそのようなロボットを持てるまでには至っていない。そのため翔太の父親は、自分が開発したアリサを一般家庭用の家事ロボットとして実用化させることを目指して研究を行っている。今は、ほぼ完成に近づいているアリサを試用し、そのデータを取るという段階である。

 翔太の家で動いているアリサのデータも、毎日父親の研究所に転送されていた。

 アリサを送ったのは翔太のためだと父親は言っていたが、翔太はそう素直に受け止めてはいなかった。
 確かに一人で居る翔太のためにという気持ちが全く無いわけではないだろう。しかし、アリサを翔太のところによこした一番の理由は、自分の実家で自分の息子が試用しているならデータを取りやすいからだろう。気になることがあった時に、息子なら自分の思い通りに動かせる、とまで考えているかもしれない。翔太はそう思っていた。

 だからと言って翔太は、そのことを不満に思っているわけではなかった。父親の行動は、ロボット学者として当然のことだと思っている。ただ、良い父親だとは思えないけれど・・。


 アリサが、ドアをノックして翔太の部屋に入ってきた。
 アリサの顔は、まさに人間の女性のそれだ。きれいな、若い女性。

「お部屋の掃除をしますね。」

 声も綺麗でスムーズだ。立っている姿は、本物の人間と何ら変わりは無い。

 しかし、やはり彼女がロボットだということはすぐにわかる。歩く動作がぎこちなく不安定に見えるうえ、動くたびにモーター音が聞こえる。人間と変わらない体型、細い腕、細い足のバランスの悪い2足歩行型。他のロボットのほとんどがそうであるように、車輪やキャタピラ式の方が安定して早く動き回れるだろうにと、翔太は思っていた。

 アリサは、翔太の部屋に掃除機をかけ始めた。
 翔太は勉強しようと机に向かったが、ゆっくりとぎこちない動作で掃除をするアリサがどうしても気になってしまう。どうしてアリサが掃除をしているのだろうかと、翔太はさらに疑問を感じる。

 翔太の家では、前までは家事用のロボットが何台も動いていた。定刻になると動きだし部屋をきれいにする掃除ロボットもある。そのロボットならばもっとスムーズに、静かに、効率的に掃除をこなしてくれる。

「どうしたんですか?」

 自分を見ている翔太に気がついて、アリサは聞いた。

「いや、なんでも・・。」

 翔太は机の参考書に向き直った。しかし、動きを見ていなくても、アリサが動く時のモーターの音が気になり集中できない。

 翔太の家には、掃除以外にも洗濯物を放り込むだけで洗って乾かして畳むという作業を全て自動でしてくれる洗濯ロボットや、材料を補充するだけで数種類の料理を作ることができる料理ロボットがあった。
 だから翔太の家では家政婦なんて雇わなくても、身の回りのことはロボットが全てやってくれていた。

 しかし今では、掃除だけじゃなく全ての家事をアリサが行っていた。全てのロボットに替えて、アリサが我が家の家政婦になったような感じだ。
 全ての家事を全自動化するには、複数のロボットを使うよりもアリサ一体に任せた方が運行コストは安く済む。自律思考型なら細かい気配りもできる。それはわかるが、アリサに全てを任せるのはどうしても面倒な気もしてくる。

「掃除終わりました。」

 掃除機をかけ終えたアリサが言った。

「これから買い物に行ってきますね。夕ご飯何か食べたい物はありますか?」
「いや、まかせるよ。」

 アリサは毎日夕食のリクエストを聞いてくるが、翔太は任せることにしている。アリサの料理はどれもかなり美味しく、レパートリーが多いから飽きることも無い。それに、料理ロボットと違い、アリサ本人が考えて料理を作るため、栄養のバランスも良い。

「では、行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい。」

 そう言ってアリサは近所のスーパーに出かけていった。
 最近では食材を含めてどんなものでも宅配してくれるサービスが普及していて、スーパーに出かけていって買い物をするのは食材を実際に自分の目で見て選びたい人だけだ。しかしアリサはちゃんと自分で買い物に出かけ、良い食材のものを選んで買ってきている。

 翔太は、料理に関してはアリサの働きに満足していた。

 しかし、やはり疑問は残る。良い食材を選ぶロボット、バランスが良い料理を考えるロボットを作る方が、アリサのような人間型ロボットを作るよりも簡単なはずだ。そうやって家事ごとに分担した方が絶対に合理的なはずなのに、なぜ今さら人間の家政婦みたいなロボットが必要なのだろうか・・。


つづく

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