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彼女に話し掛けるチャンスは、突然やってきた。
ある日、いつものように雑貨店の中から広場の彼女を眺めている時、ガラの悪そうな男が彼女に絡みだしたのだった。今までもナンパ目的で彼女に話し掛ける男は数人いたようだが、彼女のそっけない態度に誰もがすぐに諦めて居なくなった。しかし、彼は彼女がどんなに拒絶しても、しつこく絡んでいた。
僕はいてもたっても居られなくなり、「ちょっと出てきます」と店長に告げて店を飛び出した。
「いいじゃん、遊びに行こうよー」
「何度言ったらわかるんですか。待ち合わせしてるんです」
「そんなこと言って、さっきから誰もこないじゃないかよ……」
彼女と男とのそんなやり取りが聞こえてきた。彼女に走り寄った僕は、彼女に声をかけた。
「遅れてごめん……待った?」
男と彼女が、僕のほうを見た。
「ちっ、ほんとに待ち合わせしてたのかよ……」
僕の出現にそれまで彼女に言い寄っていた男は、そんなセリフを言い残して簡単に去っていった。
……この時僕は、今時こんな奴がまだ居たのかと、驚いた。女の子にしつこく絡んだ挙句、捨て台詞を残して去っていく・・旧時代の典型的な悪者だ。実は根はいいヤツだったりするタイプだ。
そんな種が実在しているのを見るのは初めてのことだった。
……僕は、そんなくだらない想像を振り払い、彼女に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「……あ、ありがとうございます」
助けられたとわかった彼女は、僕にお礼を言った。
「いや、なんだか凄くしつこかったみたいだから……」
「ありがとう、ほんとにしつこい男で困っていたの。……それにしても……」
彼女は僕の姿をマジマジと見つめた。そして、急にクスクスと笑い出した。
「何がおかしいんですか?」
「だって、あなたあそこの雑貨屋の店員でしょ?……エプロン付けたままで待ち合わせに来るなんておかしいじゃないの……。よくあの男は納得して居なくなったなぁって思って……」
たしかに、言われてみればおかしなことである。楽しそうに笑う彼女を見て、僕もなんだかおかしくなってきた。
「確かに、おかしいですよね。あいつがそこまで考えてなくて良かったです。」
「ほんとよね……」
彼女は、僕が思っていたよりも明るい雰囲気の人だった。
広場のベンチに座っている彼女を見て、もっと暗いイメージを想像していたので、楽しそうに笑う彼女が意外だった。僕は、そんな彼女に好印象を持った。
「僕は、大野友宏と言います。お察しの通り、あそこの雑貨店でバイトしています」
「私は、山下加奈子。ご存知の通り、日曜日はここで待ち合わせをしています」
ご存知の通り、そう言って彼女は笑った。
「確かに、知っています。毎週ここに居ること。……やっぱり待ち合わせをしてるんですね……」
「うん。待ち合わせ。……でも、待ち人は来ない。……なんだか気味悪いわよね。毎週日曜日にただ待ってるだけの女って」
彼女は自嘲のニュアンスをこめてそんなことを言った。
やはり、遠くから眺めていた時から思っていたが、彼女は大きな苦しみを抱えていた。明るい口調の中にも、彼女の心の奥に沈んでいる暗い塊の一片を、僕は垣間見たような気がした。
「いや、気味悪いだなんて全然思わないっすよ!とっても綺麗な人がそうやって毎週日曜日に現れるって、むしろミステリアスで魅力的って言うか……」
僕は彼女の言葉に対して精一杯のフォローをした。そんな僕を見て、また彼女はクスクスと笑い出した。
「……今度はなにがおかしいんですか?」
「なんか、頑張ってフォローしてくれてるのがおかしくて。……いや、馬鹿にしてるとかじゃないのよ。なんか、私がミステリアスで魅力的って……やっぱりおかしい……。でも、慰めでも、そう言ってもらえると嬉しい。ありがとう。」
彼女はそう言ってまた笑顔になったので、僕は少しだけ安心した。
話して見ると、彼女はより魅力的だった。明るくて、楽しくて、よく笑って……だけど彼女は、心の奥に大きな苦しみを抱えている。
僕は、彼女に惹かれるのと同時に、彼女の中の苦しみとどう接していいのか困惑していた。
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